なぜ、あのとき。

人生は後悔の連続だ。後から振り返って、ああすればよかった、こうすればよかった、なんてのはいつものこと。でも、そんなことが人生の一大事につながることなんてそうはない。

一大事ではなくて、よかった。

9月9日17時すぎ。私は、台風15号の影響で交通機関が麻痺した成田空港から、23時過ぎまでかかって脱出するも幕張までしか帰れず、家路に着くことなく一夜を過ごした。記憶新たなうちに、このことを振り返っておきたい。

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その日、9月9日。韓国・ソウルを15時発の飛行機を待つ時点で、すでにTwitterは「成田やばい」であふれかえっていた。JRは終日の運休を発表。京成やリムジンバスも運行再開の情報がない状態だった。

搭乗時間を待ちながら、 スマホで成田近くのビジネスホテルを検索する。お世辞にもキレイとは言い難いが、一晩、布団で眠れると思えば十分なホテルが、まだ数件、予約しようと思えばできた。

Daichi Ito / BuzzFeed

ソウルを出る前の14時、宿は確かにまだあった。

だがそこで「予約したところでホテルまでの交通手段も調べるのめんどくせえな」とか、「9000円もったいないな」とかいうしょうもない思いが頭をよぎる。

「まあ、2時間飛行機乗って着いたら状況も変わってるでしょ」

予約しないまま画面を閉じ、飛行機に乗りこんだ。

この日犯した、最初のミスだった。

Daichi Ito / BuzzFeed

平穏だった第3ターミナル

成田空港第3ターミナルに着いたのは17時半すぎ。入国審査や税関から混んでるかと思いきや、驚くほど静か。周りの人たちにも、慌てるそぶりはまるでない。いつも使う都心まで1000円の格安バスは、この日は早々に全便運休が決まっていた。多少高くてもしょうがないか、とリムジンバスのカウンターに行くと、都心方面は全て完売。この時点で、第2ターミナルへと歩き、18時から動き出すという京成線に乗るしかなくなった。

第2へと歩く途中、屋外に出た。台風後の生暖かく湿った風と、赤すぎる夕日が印象的だった。

Daichi Ito / BuzzFeed

第2ターミナルへ着くと、地獄だった。

人、人、人。あらゆるところに人垣ができていた。

京成線へと続く下りエスカレーターへ、どこが最後尾かもわからない列ができていた。いや、列が長すぎてもうただの人の塊にしかなっていなかった。まともに並んでたら無理だ。一度、上に上がってそこからエレベーターで直接、地下にアプローチすることにした。

この作戦は驚くほど当たった。

同じ狙いの人がけっこうな数いて、少し待ったが、それでも一気に地下一階に辿り着けたのは大きい。6時から運行再開したという、京成線の改札まで数十メートルほどまで来た。

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京成線乗り場まで最高に近づいた瞬間

「ツイてるなあ!」。策がハマり、喜んだのも束の間。ここから、運命の歯車は少しずつ、だが確実に、軋み始めていた。

20分待っても、列が1ミリも動かない。おかしいぞ。本当に走り始めたのか? 抑えられない疑念が湧く。いくらスマホで調べても、運行間隔の情報は見つけられない。イライライライライラ…。

すると、少し前の方に並んだ女性二人組が、カップ麺を食べ始めた。ふわっと香りが漂ってくる。ああ、お腹すいた。朝の10時にソウルでサムゲタンを食べてから、9時間も何も食べていない。飛行機に乗る前、あのとき空室があったビジネスホテルをもう一度調べたが、当たり前のように予約でいっぱいだ。

トドメは、隣に並んでいた男性2人組のやりとりだった。

「こりゃーどうしようもねえなあ、上でビールでも飲もうか」

そういって二人は列を抜けた。空腹にカップ麺の匂い。さらにダメ押しの「ビール飲みに行こう」。もとより、台風後の蒸し暑さと人の密度で、空気も淀んでいた。限界だった。

「なんとなく疲れたから、とりあえずビールでも飲むか。のども渇いたし腹も減ったし。上の階ならすいてるでしょ」

同行した友人に伝えた。「俺も腹減った。そうしよう」。我々は同意した。今から思えば、このとき、電車で帰れないことが確定した。マンガやドラマでよくある、「このときの決断があんな結果になるなんて、そのときの僕らには知る由もなかった…」というやつだ。

19時すぎ。

第2ターミナル4階のレストラン、売店フロアに向かった。

「え、嘘でしょ」

笑った。マクドナルド、銀だこ、そしてセブン-イレブンまで、長蛇の列ができていた。空いているのはお土産屋しかない。ちくしょう。なんで缶ビールくらいお土産屋に売ってないんだ。明太子もチーズも笹かまぼこもあるっていうのに。

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マクドナルドの前に大行列。予想外の光景であった

お店に入って生ビールでもと思い、寿司屋に入ろうとしたが、大行列。7時半の時点で早くも「今日はここまで並んだお客様までで閉店です」と足切りされた。

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寿司屋も早々に閉店。このとき、まだ7時半ごろである

仕方ない。セブン-イレブンしかない。コンビニに30分も並ぶのは生まれて初めてだ。しんどいが、焦りや緊迫した思いはなかった。どちらかというと「なんだこの状況は」と半分楽しんでいるというのが本音だった。

しかし、現場で働く人はそうではなかった。コンビニの店員さんが「もうお釣りの10円玉がないぞ」と別のスタッフに耳打ちした。並んでいる人たちより、仕事として向き合ってる分、その表情には切迫したものがあった。

「おー、店員さんも大変なんだなあ」。そう思った。気楽である。

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セブンの前にも大行列。ここまで来ると、逆に面白くなってきた。

いつもと違い30分も並び、そして、いつもと同じようにエビスビールと、カップ氷と、赤霧島と、炭酸水を買った。つまみはサキイカとわさビーフ。おにぎりコーナーも、サンドイッチコーナーも、パンコーナーも、すでに棚はすっからかんだった。

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おにぎりもサンドイッチもすでに完売

適当にグラスを置けるスペースを探し、ビールを開けた。空港を歩き回って一時間半。汗もかき、のども渇いていた。最高だった。ビールがなくなると、たっぷりの氷に赤霧島と炭酸水を注いだ。焼酎ハイボールというやつだ。コンビニで飲むお酒はこれが一番うまいんじゃないかと思っている。焼酎にサキイカは、絶妙の組み合わせだった。

Daichi Ito / BuzzFeed
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ビールが染みる。ああなんてうまいんだ

いつもの行動すぎて、すべてが完璧だった。ちょっとした非日常感と、慣れ親しんだお酒。完璧すぎた。

そこにある種の高揚感があったのは間違いない。そこらにツイートのネタが山ほどある。これからどうなるかわからない。だけど、自分が死ぬわけじゃない。良い塩梅に思えた。

「あんな動かない列に並んで馬鹿だよな〜〜〜飲んで待ってればいいのに」。そう思った。馬鹿はお前だ。

その頃、同じ成田には、空港に入れず困っている同僚や、自分と同じく、帰ってきたが空港から出れない知人がいた。「この日に成田にいた人だけでオフ会しましょう」とリプライを送っていた。まったく、お気楽にも程がある。

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思考停止。

本当に思考停止となった時、人は…いや、主語が大きすぎる。自分は、「あ、おれ思考停止してるなー」とは決して思わない。 前の晩もあんなに飲んだのに、「成田」で画像検索したTwitterを見ながら、空港で飲む酒は美味しかった。

周りの人も、日本人外国人問わず、みんなのんびりと寝っ転がったり、スマホで時間を潰していた。でもそれは当たり前なのだ。そこは出発ロビー。ここから出る必要がない。その人たちは、飛行機が出るまでは何もすることがない。ここを出なければいけないのに酒を飲んでいる我々とはそもそも置かれている状況が違う。

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ありとあらゆる電源が、ありとあらゆるスマホの電池を満たしていた

情報のなさも、油断に拍車をかけた。「京成 入場規制」とかでTwitter検索するか、ひたすらリムジンバスと京成のホームページをリロードしまくるくらいしか情報を得る手段がない。それでも、正しい決断をするのに情報が足りなかったかというと、そうではない。

当時、スマホや口頭の質問により、自分が持っていた事実ベースの情報を振り返ってみる。

1. JR成田線は終日運休(公式Web)
2. リムジンバスも復旧した路線はわずか。東京駅行きは終日売り切れ(バス会社スタッフ談)
3. タクシーは5時間待ち(列に並んでいたという人の談)
4. 京成線が18時から運行を再開した(Twitter)
5. 台風は過ぎ去りすでに滑走路が使えるので、飛行機は今後も着陸し続ける(電光掲示板)

事実(と判断するに十分な情報)を整理すると、おのずと答えは出る。

成田空港から出る輸送能力が、需要に対して極端に不足している

かつ、

着陸便は順調に到着しているので、時間がたてばたつほど、空港には人が増える

つまり、

一刻も早く列に並び、京成線に乗る

当たり前。めちゃくちゃ当たり前。圧倒的当たり前の結論。

この状況でビール飲んで時間を潰したところで、「ほとぼりが冷める」なんてことはない。絶対に、ない。

21時半になりツマミもなくなった。「そろそろ乗れるだろー」と再び階下に向かうと、18時の段階よりも状況はさらにひどくなっていた。人の密度が段違いに上がっている。ムッとした湿気。いろんな人の汗が混ざった匂い。ターミナルを覆う空気が、18時台のそれとは全く違う濃度で、僕らを包み始めた。

Daichi Ito / BuzzFeed

ヤバい。

「ほら、また上からエレベーターで一気に地下一階まで降りればいいじゃん」

奥底からじわじわと染み出してきた不安感を打ち消すように、18時の成功体験を持ち出し自らを安心させる。再び4階に行くと、エレベーターはすでに動きを止めていた。オワタ。あの列を並んで、終電までに乗れるわけがない。「飲んでる場合じゃなかったなwww」。もはや余裕もないのに、笑い合うしかなかった。

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22時過ぎ。電車を諦めたことで、選択肢は二つに絞られた。諦めて空港で寝るか、タクシーを捕まえるか。僕らには翌朝、仕事があった。後者を選ぶしかない。とはいえ、タクシーの大行列もこの目で見ている。出発ロビーに客を乗せ載せてきたタクシーをその場で拾うしかない。

再び出発ロビーの階に向かおうとしたとき、英語で話しかけられた。

「どうやったら電車に乗れる?」

ムスリムの若い夫婦と子どもの、3人家族だった。

「電車は絶対無理だよ。僕も諦めた」

「他に方法はある?」

「今のところ、タクシーを拾うしかなさそう」

「何が何だかわからなくて、子どももいるし、困ってるんだけど…」

それもそうだ。自分は日本語がわかり、東京に住んでいるから、「JRが運休ってことは、あとは京成かリムジンバスだよな…」とわかるし、スマホで調べられる。土地勘もなく日本語もわからず、小さな子どもを連れた人がこの状況に出くわしたら、どんなにキツいことか。僕らのように、いつものコンビニでいつものお酒やお菓子があるわけじゃない。

空港側からの情報提供のなさは、日本人にとってもキツかった。放送やディスプレイで逐一、どこの電車がどの間隔で動き、何が止まっているのか、タクシーの待ち時間はどれくらいなのか。「空港から出る方法」を集約した情報が欲しかったが、空港側から何もなかった。スマホで、自分で、検索するほかなかった。

こんな情報不足でも、怒鳴り声はひとつも聞かなかった。むしろ苦笑いとため息が充満する空間だった。

聞けば、親子は東京ディズニーリゾートにホテルをとっているという。相乗りすれば、少なくとも舞浜までは行ける。親子とともに、出発ロビーでタクシーを拾う作戦に全てをかけることになった。

Daichi Ito / BuzzFeed

まともにタクシーの列に並んだら、それこそ始発までかかるだろう。ならば出発ロビーで、という単なる思いつきから生まれた作戦だった。

だが、これもうまくいかない。客を降ろすタクシーは頻繁に来る。しかしバッサバッサと断られる。「東京から来たけど6時間かかるよ。やめときな」「大金持ってないと無理だよ」「無理無理。こんな動かない状況じゃ、俺も帰れなくなる」。書き入れ時だからきっと乗せてくれる、という甘い考えだった。運転手さんはすでに大変な状況をくぐり抜けて、ここまでたどり着いていた。

5台目くらいだっただろうか。「浦安までなら行けるよ。ただ3時間はかかるね」。

ようやくだが、見つかった。いくらかかるかわかったもんじゃない。だが、幸い、こちらは相乗りだ。

タクシーに乗り込むと、行き先を伝え、親子と自己紹介をした。台風のおかげで、楽しみにしていた函館に行けなかったという。函館は、夜景が綺麗だよ。行けなかった街の良いところを紹介して何になるんだろう、などと自分の発言を後悔した。

5分ほど走った頃だった。

いつもなら絶対に歩く人の姿なんて見ない道に、バックパックをかついだ人が列をなして歩いていた。あ、これ見たことあるぞ、と思った。3.11の時だ。2011年3月11日。甲州街道沿いに、見渡す限り人の列が歩いている、あの夜の風景だ。そうだ、あの時もコンビニからはおにぎりもサンドイッチも消えてたよな。いまこの成田で死者が出たわけじゃないけれど、それでも、こんなに大ごとになってるんだ。成田から少し離れ、初めてそのことに気づいた。

母が、歩く人を見つめ、こう訊いた。

「日本ではこういうの、よく起こるの?」

「わからない。でも、ここを人が歩いてるのははじめて見た」

「こんな暗い道を歩いて、危なくないのかしら。日本では普通?」

「たぶん、普通じゃないんだと思う。うん……そう思う」

きっと、異様な光景だったのだろう。いや、確かに、異様な光景だった。それまであまりに並ぶ人を見過ぎて、いつもと違う空港ロビーを見過ぎた僕らには、その異様さに違和感を感じていなかった。引き戻してくれたのは外国人の単純な、そして真っ当な疑問だった。

「正常化バイアス」という言葉は知っている。でも、本当にその言葉が必要なときには、正常化バイアスが働いて一ミリも危機感なんて感じない。

「なんとなく」「とりあえず」

今回の成田で死んではいないけど、事が事なら、きっと、人は死ぬ。

「ひょっとして?」と思ったら、「とりあえず」「なんとなく」ではなく、10倍ヤバいと見積もってリスクコントロールするべく動く。ああ、文章にするとなんてシンプルで当たり前でつまらないんだろう。きっと他人から忠告されたって3秒で忘れる。

「とりあえずビールでも飲もうか」じゃねえよ馬鹿。

「なんとなく」「とりあえず」で、きっと人は死ぬ。

タクシーはスピードを上げていく。成田から離れるほど「正気」に戻っていく自分の中に、強い確信があった。

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