1997年に放送が始まったアニメ「ポケットモンスター」。モンスターボールに入らないピカチュウと10歳のサトシが旅を始めてから22年が経った。

©Nintendo・Creatures・GAME FREAK・TV Tokyo・ShoPro・JR Kikaku ©Pokémon

サトシは不思議な主人公だ。元気でまっすぐで仲間思いという王道なキャラクターでありながら、放送開始から22年、夢を叶えてこなかった。各地方のポケモンリーグに出場しながら、一度も優勝経験がなかったのだ。

そんなサトシが、アニメ『ポケットモンスター サン&ムーン』にてはじめて夢を叶えた。優勝回のアフレコ直後、22年間サトシであり続けるサトシ役の声優・松本梨香に話を聞いた。

サトシが勝てなかった理由

1997年に発売された小説版『ポケットモンスター The Animation』は、こんな書き出しから始まる。

月に、一度ぐらいかな?

僕はこんな夢を見る。

目の前に、大宇宙…無数の星が広がっていて…そのいろんな星の向こうから…でっかい太陽が昇ってくる。

そして、そんなときには決まって、ズンズンシーンとお腹に響く音楽が聞こえてくる。

(中略)

ぼくは、何度もこの夢を見ているんだ。

それがなんだか知らないはずはない。

きっぱり言っちゃおう。

「……ポケリンピック。ポケモントレーナー代表……マサラタウンのサトシ!」

マサラタウン…ぼくの町の名前。

サトシ…それが、ぼくの名前。

その名前がぼくの耳に確かに聞こえたら、いつ夢から覚めてもいい。

──首藤剛志『ポケットモンスター The Animation』小学館


少し用語が異なるが、それから22年。この夢は現実となり、サトシはアローラ地方のポケモンリーグで優勝を飾った。

「もう声が枯れています。喉から血が出ると思うほど、魂を込めて叫びました」

第一声。目を輝かせながらも、いつもより空気をたくさん含んだ声は、試合後のヒーローのようだ。

「ピカチュウに確認して。俺たち勝ったんだね、って感じですね。信じられない思いがいっぱいありました」

松本は随分前に冨安大貴監督から「サトシを勝たせてあげたい」と聞かされていたという。だが、松本がその時抱いたのは……

「え?…という感じでした。今まで優勝したことがなかったので。全力投球で戦っていても『ここで負けるの?』と思うことが多かったんですよ」

サン &ムーンの前シリーズであるXY。松本はサトシが絶対勝つと信じて疑わなかった。

「ゲッコウガがいたので……思い入れも強く。台本で見てるから結果はわかってるといえばそうなんですが。あの時はアフレコ後、2日ぐらい声がでませんでした」

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「今回もリハーサルの時からガンガン飛ばして行きましたね。その時以上のものを出さないと『勝ち』というストーリーの中にサトシはいられないんじゃないかなと思って。やり切った」

放送22年の中でリーグ出場は7回。主人公にも関わらず、優勝できなかったのはなぜか? 松本は「サトシは勝つことに執着していないから」と分析する。

「試合中に『負けないぞ』とは思うけれど、それは相手にではなく自分に。私はそういう解釈をしています。類は友を呼ぶって言うでしょう? サトシのポケモンも自分自身に負けないという気持ちが強い。ちょっと変わったポケモンが多いですよね(笑)」

特に印象に残っているのは、アニメ「ポケットモンスター ダイヤモンド&パール」でのヒコザルだ。

「もともとはサトシのライバル、シンジのポケモンだったけど、厳しすぎる訓練を受けた上に弱いと言って捨てられて……。それをサトシが『お前来るか?』と迎え入れる。その後、強くなってシンジと戦う。その戦いは強く覚えています」

ヒコザルとサトシ

ゲームでは、ポケモンは弱った状態でモンスターボールを投げ、ゲットする。しかしサトシの場合はヒコザルのように友情によって仲間に迎え入れることが多い。ポケモンは使役するものではなく、友だちなのだ。それはバトルスタイルに強く反映される。

「サトシは勝敗よりもプロセスにいつも全力なんです。バトルするポケモンのトラウマに向き合ったり、雪辱を晴らしたり。ポケモンがどう生きられるかってことに重きを置いてる。でも無鉄砲ですよね、本当に(笑)」

サトシはバトル自体が楽しいのだ。一緒に暮らすポケモンがバトルを通して成長する。それは単にレベルや経験値という数字上のものだけではない。ホンキで生きる。これを共にしたいのだろう。

冒頭の小説を書き、放送開始当時の「ポケットモンスター」シリーズ構成の脚本家・首藤剛志は、自身のコラムで「『ポケモン』アニメの最終的な結論は、勝者の栄光なのだろうか」と問いかける。

22年続く旅でサトシはポケモンリーグで一度も優勝しなかった。それは勝つことだけが人生ではないことを物語っていたのかもしれない。

サトシはなぜ勝てた?

では、サトシは今回なぜリーグ制覇できたのだろうか。放送中のアニメ「ポケットモンスター サン&ムーン」でサトシははじめてのことをたくさん経験してきた。

はじめて学校に通ったのだ。

「ククイ博士は、お父さん的な存在感かもしれません。ずっと近くにいましたし」

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アニメシリーズにはサトシの父親は一度も出てきたことがない。小説版にはサトシの祖父、父はともにポケモントレーナーとして旅立ち、消息不明になっていると書かれている。

ジムリーダーを倒したり、リーグを制覇すると国が認める公認トレーナーに登録され、消息を検索できるようになるというが、それもない。母ハナコからは公認になれなかったと聞かされた。そんなハナコ自身、トレーナーを志していたが、サトシを育てるために夢を諦めた。あくまで小説版の設定だが、サトシにはそういった背景がある。

ククイ博士は、マサラタウンから遠く離れたアローラ地方で教え子となったサトシを自宅に住まわせ、衣食住の面倒までみた。文字通り、父親のような存在だった。また、アローラ地方でポケモンリーグを初めて開催した立役者。ククイ博士はサトシの夢の礎も作っていた。

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「自分が立たせてもらえるこのリーグで、優勝できるというのはサトシにとって特別なこと。アローラで学んだことを出しつくそう。ピカチュウにも『俺たち、たくさんの力をもらった』と意識を共有するシーンがあるのですが、そこは特別に想いをこめました」

先述の通り、今回サトシには初めて同級生ができた。これまでもタケシやセレナなど仲間と共に旅をしてきたが、旅の仲間であって同級生とは違った。

「今回、クラスメイトたちの存在があったことが、一番大きかったかもしれません。同級生たちの応援隊がいて心強くて。だから勝てたのかな」

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ぽつりと呟いた松本を見て「もしかして、サトシって今まで寂しかったのかもしれませんね」と相槌を打つと、ハッとしたように答えた。

「それ……。そういうことなのかも。周りのみんなの想いがすごい強かったと思うんですよね。『勝ってくれ』っていう。それに導いてもらったみたいなところもあるかも。自分がそのみんなの想いを背負って立っている」

「同級生のみんなもリーグで戦って負けているわけだから。全部背負ってたサトシがそこにいる。だから、勝つ意味があったんですよね」

はじめて誰かのために戦ったのかもしれない。松本はサトシの変化を感じている。

「肩肘張らなくなったかな……。アローラの土地柄なのか真っ直ぐな勢いというより、少し柔らかくなった感じがします。ククイ博士にも『成長したな』って言ってもらって。サトシ、ちょっとだけ変わったなぁって思いましたね」

では、改めてリーグ制覇という夢を叶えた今、松本はどんな心境なのだろうか。22年も追い続けた大きな夢でもある。

「寂しい……かな」

答えを探すように話す。

「今回のリーグは純粋にとても楽しいものでした。バトル中に冗談を言ったり、とぼけたり、相手の技に感動したり。今までのリーグは形容詞で言うと『熱い』とか『しんどい』とか。でもアローラリーグは『楽しい』でした。だからそのリーグが終わってしまうのは寂しい」

「夢が叶ったら……その先がないじゃない?」

22年間も追い続けてきた夢だ。それは憧れでもあり、原動力でもあり、サトシそのものになっていた。達成感はあるかもしれない。しかしそれは同時に、長い間サトシを支えてきた夢を手放すことでもある。

数多の役を演じてきた中でも、サトシは松本にとって特別な存在だ。10歳の少年を「私自身みたいな存在」と語り、だからこそ22年もの間、サトシであり続けた。

前述のコラムには、脚本家の願いも書かれている。

『ポケモン』の世界は、子供が大人になる途中の通過儀礼のように描きたかった。
子供たちには、いつか、『ポケモン』世界の虚構と別れる時が来てほしかった。
そして、大人になった時、自分の子供時代を懐かしく思い出せるようなアニメにしたかった。

──WEBアニメスタイル シナリオえーだば創作術 だれでもできる脚本家 首藤剛志


あの時、サトシと同じ10歳だった少年少女たちは大人になり、夢を叶えたり、追い続けていたり、子どもを育てる身になって、サトシの活躍を再び楽しんでいるかもしれない。

松本はそんな子どもたちの姿も知っている。

「夢が叶った。次はどうしよう?これからが始まりって思います。また何かが生まれる……」

優勝した直後、まだその先にある答えは朧気だ。サトシの故郷、マサラタウンは「何色にも染まっていない“真っ白”な街」。真っ白なサトシの物語は、この長い年月の中でたくさんの仲間とバトルとでカラフルに彩られてきた。そろそろ新しい夢に踏み出してもいいころだ。

『ポケットモンスター サン&ムーン』のエンディング曲『タイプ:ワイルド』は1999年に松本が歌い、今回再び主題歌に起用された。「マサラタウンにサヨナラしてからどれだけの時間たっただろう」という歌詞はサトシと松本の心境を表しているようだ。最後はこう締めくくられる。

そしていつかこう言うよ “ハロー・マイドリーム”

「いつか」が来た。サトシはどんな新しい夢を見るのだろうか。


テレビ東京系列にて毎週日曜夕方6時から放送中
※一部地域では放送日時が異なります。©Nintendo・Creatures・GAME FREAK・TV Tokyo・ShoPro・JR Kikaku ©Pokémon


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