妊娠がわかったら、何よりも先にお産する施設を予約!

それでもなかなか希望が叶わないほど、日本ではお産できる施設が年々減っています。厚生労働省の調査(2017年)によると、お産できる施設は2273軒と、1999年の6割程度になってしまいました。

Reynardt / Getty Images

命をこの世に送り出す産婦人科医が自らの命を削って働いている

その主な理由は、産婦人科医のマンパワー不足です。

お産や急変に24時間対応するためには産婦人科医が夜間や休日にも働くことが必要ですが、夜間や休日に働ける医師を十分確保することができません。無理な働き方で必死に地域のお産を支え、疲れ切ってお産をやめる施設があとを絶たないのです。

この状況に、さらに大きな影響を与えそうなのが、医師の残業時間を規制する働き方改革が2024年度から本格的に始まることです。

日本産科婦人科学会は、もし、今の働き方を見直さないまま残業時間だけ規制されたら、お産できる施設がどれぐらい維持できるのか試算しました。

その結果、全面的に医師の残業が規制される2036年度までに、お産できる施設が半減することが予測されました。

これ以上、お産難民を増やさないために、私たちは何を考えなくてはいけないのでしょうか?

医師は一般よりも残業時間の規制が緩い

中川慧さん提供

まず、おさらいです。

今回の働き方改革で、医師は一般の人よりも残業時間の規制がかなりゆるく決められました。

一般の人は、年間360時間、特別な事情があって労使が合意した場合でも年720時間しか残業は認められません。

ところが、医師は原則、一般と同じ年間360時間を上限としながらも、それよりもはるかに緩いA、B、C基準という特別な基準が設けられました。

  • 「A水準」 患者数が多かったり、緊急手術が重なったりする場合は上限960時間
  • 「B水準」 いきなり医師の働く時間が規制されると地域医療が崩壊する救急やお産を担う周産期医療などの5事業、がん、脳卒中など5種類の病気に対応する場合は2035年度末まで上限1860時間
  • 「C水準」 技能を習得するために集中的にたくさんの症例を経験する必要がある研修医や、専門医になるための訓練を積む場合は上限1860時間

一般よりもはるかに長い残業時間が認められたのは、もともと異常なほど働き過ぎているから。24時間対応が必須の産婦人科医は、過労死ライン(時間外労働が月80時間以上)を超えて働いている人が現状でも半数以上いるのです。

中川慧さん提供

今回、特例として認められ、過労死ラインの2倍の残業時間を認めるB水準(上限年間1860時間)を超えて働いている産婦人科医も2割以上います。

中川慧さん提供

産婦人科の特徴として大きいのは、若い世代で女性医師の割合が増えていること。当直勤務を支える50歳以下の半数以上が女性で、出産・子育てで当直を免除される人も多いのです。その分、他の医師に負担がのしかかっているという事情があります。

中川慧さん提供

あまりにも過酷な働き方をしている人をまずどうにかしようということで、今回の残業規制は作られました。

今回の試算は、それを現状に当てはめたとしたら、お産を担う施設に必要な医師数はどれぐらいなのか、お産ができる施設をどれぐらい残せるのかを推計したものです。

全員が夜勤や残業を引き受けるという前提で試算

今回、試算したのは、大阪大学産科学婦人科学教室助教の中川慧さんです。

今は準備のための猶予期間ですが、医師の働き方が本格的に始まる5年後までに、残業1860時間を超える医師はゼロに、B水準の特例も廃止される15年後までに残業960時間を超える医師をゼロにしなければ、刑事罰も課されます。

試算の前提はこちら。当直時間は全て労働時間とし、夜勤帯には一人の医師を置き、全員が夜勤や時間外労働を均等に担うこととしました(育休、産休、時短勤務をする医師はいないという前提で計算します)。産院はまた別の働き方をするので、今回は病院勤務医に限った試算です。

中川慧さん提供

夜間の勤務は「寝当直」であれば勤務時間とはみなさないこともありますが、年間300件以上お産を受けている施設であれば、全て勤務時間とされることが予想されています。

当直を主に担う50歳以下の半数以上が女性医師という産婦人科では、産休、育休を取る女性医師がおり、育児中に時短勤務を認められることも多いですが、それはないものとし、全員が平等に当直勤務を担うものとして試算しています。

中川慧さん提供

今回の働き方改革のルールに合わせ、時間外労働を年間960時間程度に抑えたモデルケースが左、時間外労働を年間1900時間程度に抑えたモデルケースが右。左の働き方は産婦人科医の世界では「とても余裕がある働き方」と評価される

その結果、残業を年間960時間以内に抑えるために必要な産婦人科医は10人、交代制勤務を導入できる場合は8人、1860時間までの特例が認められる場合でも5人であると試算されました。

中川慧さん提供

これを現在、19のお産が可能な施設がある新潟県に当てはめてみます。当直可能な医師が65人いますが、年間残業を960時間までに抑える場合は9.7施設、1860時間までの特例が認められたとしても16.8施設しか運営できなくなります。

中川慧さん提供

つまり、現在いる産婦人科医に法律で許される範囲でギリギリまで働いてもらったとしても、現在ある19施設を、2025年までに16施設に、特例もなくなる2035年度末までに9施設にしなければ回らないという試算になりました。

中川慧さん提供

中川さんは「これはあくまでも現状のまま何も対策が行われなかったと仮定した場合の試算」としましたが、「女性医師の妊娠・出産・育児の影響は不確定な要素なので、この数字はギリギリやってこれぐらいということです。突発事項などを考えると、業務の効率化などを図らないとこの試算のレベルを維持するのも難しい」と話します。

さらに、「1施設あたり人口30万人から50万人ぐらいカバーしなければならないので、だいたいの県は3〜4施設に分娩施設を集約化しないと厳しいと思います」と、地方の自治体ではもっと厳しい状況になることを予想しました。

さらに、日本産科婦人科学会理事長の木村正さんは「これは全員が平等に時間外勤務に入るという大前提。ほとんどの県で時間外勤務に入っていない先生が2割前後いるので、この試算人数を2割増しにすることが必要ですし、将来、女性医師の比率が上がれば、この比率も上がってくる。この人数より2〜3割増しを考えないと、女性医師の妊娠・出産を考えた時に人数が合わなくなる」と補足しました。

今回の試算が発表された日本産科婦人科学会の「拡大サステイナブル産婦人科医療体制確立委員会」。全国から産婦人科医が集まって、持続可能な産婦人科医療の体制を話し合った。

Naoko Iwanaga / BuzzFeed

お産ができる施設が減ると、一般の人にはどのような影響があるのでしょうか?

出産予定施設から離れた場所に住む妊婦さんは、妊婦健診を近くの産婦人科で受けたり、出産予定日より少し前に施設の周囲に泊まり込んだりする必要があるかもしれません。

また、急変するリスクが高い妊婦さんは、事前にそのような評価をして、体調管理のための特別な対応をすることが必要かもしれません。

土地が広大で冬は雪で交通手段が遮断される北国、離島や台風が多い九州・沖縄地方では、さらに妊婦さんに負担がかかることも予想されるでしょう。

つい最近も、兵庫県篠山市の「兵庫医科大学ささやま医療センター」が医師2人体制では安全なお産は難しいとして、分娩休止の方針を出したことに市長や市民らから反対の声が上がっているというニュースが地元の丹波新聞によって報じられました。

医師の一人は「2人がずっと、いつ呼び出しがあるか分からない緊張感を持って24時間365日を過ごしている。みなさんに期待してもらっている安心・安全な産科医療は困難だ」と現状を訴えたそうです。

木村理事長は「ささやまのような小さなところでさえ、大反対があってずっと解決していない。不便を被る方は必ず出ることを前提に、じゃあ代償として何を差し上げることができるか提案しながらやらないといけない」と話しました。

Asawin_klabma / Getty Images

これからも安全なお産を守るために、市民側の協力も必要だ

試算した中川さんはこう訴えます。

「具体的に市民目線でどのような影響があるのか、通院時間の負担増や、交通費負担の試算なども出せるように、引き続き委員会で検討したいと思います。産む方にとって、便利さはもちろん大事ですが、何より安全であることが重要です」

「日本では『医療安全』という言葉が定着していますが、海外では『患者安全』と言われます。安全な医療は、提供する側だけでは成り立たず、患者さんの参加、協力なしではあり得ないという理念に基づいています」

「少子化が進む中で、目先の『安心感』ではなく、何にも代え難い妊婦さんと生まれてくるお子さんの『安全』を守るためにどうしていくべきか、我々と一緒に考え議論に参加していただきたいです」

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